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某大学の真夏の西日の差す研究室にて・・・・

 投稿者:さかもと  投稿日:2001年 7月 8日(日)12時38分45秒
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  彼は、ちいさいころから、なぜか コンピュータが身近に存在し、中学のころからディスクドライブが未だなかったころのappleIIにカセットテープレコーダから、プログラムロードして遊んだりしてたために、大学にはいると、物理や数学系でない彼の学部においては、パソコンができるなどといわれて、重宝がられていたのだった。
未だ、「おたく」という言葉はなかったが、コンピュータを未だ魔法と思っている人も多いような時代だった(かなり嘘)Macが、大容量の128kばいとのメモリーをつんで、英語のままのカセットテープの入門書つきで、彼の元にとどけられたのもこのころだった。
彼は、学校にある OS-9などという UNIXのぱっちものでは満足せずに、研究室のコンピュータに疎いやさしそうな講師の先生のアカウントをせしめ、研究室の300ボーのカプラーをつかって、電話回線越しに、大学間ねっとわーくを通じて、東京工業大学のVAX上でのUNIXをたたいていたのであった。もちろん、そういうことをしていることは、上の先生には秘密であった・・・カーニハンと、リッチとか変わった名前の人が書いた、C言語入門を携え、独りで自分的には賢げに、同級生が別のBとかCとか楽しんでる間に暗くしこしこ、端末にむかうのであった・・・・・・・
このころは、シェルにログインできるだけで、彼はどきどきわくわくしたものだった。かれもまだ若かったのだった。

この出来事が、彼の、もとからすぐれなかった体調を崩させることにより、 彼の人生の終わりのはじまりだったとは、かれはもちろんしらなかったのであった。

<独りよがりな語りは続くものの、都合により大幅に削除>

彼は、1997年、自宅での常時接続が容易になると、ほとんど遅れることなく、ドメインを取得するとともに、そのころ未だ情報が十分でないなかで、LINUXをOSとして、インターネットのサーバーをたちあげたのであった・・・・そのころの彼には未だ、人生にたいする希望のかけらが残っていたに違いない、と後々彼は思い起こしたのであった。

しかし・・そこのサイトで 彼が行なったことといえば、世間話的なチャットが殆どすべてであった。あき易い彼の性格も災いし、そのサーバは、その後、放置されたのであった。しかし、彼は昔そのチャットにいた人が、LINUXのこととかを話題しているのをみると、懐かしさと共に一抹の悲しみも覚えるのであった。彼はもう自分だけが前にすすまず、みんなに取り残されたことを、自覚するのであった。彼が、mule使う人を下にみる っていうのは、当然自分が使えないからである。かれはあたりまえにviしか使えない(というか。それももうまともにつかえない)X-windowもいらないらしい。
時の流れは残酷である。

<疲れたので、いばりといじけのまざった語り終わり>
 
 
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